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2008年11月上旬
乳管内乳頭腫の手術後、超音波検査は受けていましたが
マンモグラフィは初めてだったので術側は相当痛いのではないかと
憂鬱な気分で病院へ向かいました。

超音波検査とマンモグラフィのどちらを最初にしたか覚えていないのですが
超音波検査の際、術側右乳房ではなく
左の乳房を検査している最中
検査してくださる方の動きが急におかしくなり
いつもだったらすんなり終わるはずなのに
その日はずーーーっと同じ箇所にエコーのカメラをあてたまま
慌ただしく機械を操作して何枚も画像を撮影しているようでした。

「何かあるの!?」 
今まで左の胸に何か問題があるなんて考えてもみなかったので
一体どうしたんだろうという不安でいっぱいでした。

1週間後、結果を聞きに行くと
「特に問題はないんだけれど、1箇所だけ今までになかったものが写ってるんで針刺して調べましょう」と
担当医師から言われ5、6年前の恐怖が蘇りました。

針を刺しながら「サクッとした感覚」「硬いね」「水ではないね」と・・・・。
サクッとな・・・サクッっていったい・・・・。

「それはいけないのですか?」と質問すると
「今は何も言えない・・・」って 
先生 硬いとか言ってんじゃん(号泣)

その1週間後、細胞診でははっきりしないので
太い針を刺して組織を取って調べることになりました。
ここまでは乳管内乳頭腫のときに経験していたので
何をするか ということに対しては不安ではありませんでしたが
「今回は前回みたいなのとは違うようだね」や「どちらにしても手術だね」と
何となくいけない感じのワードが出されていたので
雰囲気的に察するものもあり
真っ暗でした。

今にしてみれば、画像を見た時点で
担当医師は黒と判断していたのかもしれません。
なので少しづつワードを出して
私に心がまえができるようにしていたのではないでしょうか。

左胸の今までになかった●があるという箇所を触ってみると
細胞診をした最初の頃は違うのではないか大丈夫でしょうと構えていましたが
組織診の後触ってみると硬くなっていたので
ああ、もしかしたらそうなのか
しかし、自分が乳がんにかかるなんてありえない
大丈夫でしょ? 自分に言い聞かせていました。


2008年11月下旬
組織診の結果で乳がんかそうでないかがハッキリするのと
今回は怖くて一人では結果を聞けそうにないので
夫に付き添ってもらいました。

夫は悪いことは考えないような人なので
この日も「大丈夫、大丈夫」と言っていました。
私はあきらめたり、でも半分信じたい、大丈夫でしょうと混乱したままでした。

病院はいつものように混んでいて
診察室に呼ばれるまではだいぶかかりました。
名前を呼ばれ診察室へ入り
いつものように挨拶をして 
心の中は恐怖でいっぱいでしたが平常心を装い担当医師の横に座りました。
このときはまだ大丈夫でしょうと希望を持っていました。

医師が何か短く言ったのですが、その後の展開がショックだったからなのか
何を言ったのかどうしても思い出せません。
ただちょっとイラっとしたのは覚えています(笑)

医師の横に座り 怖くて顔を見ることができず
ぼんやりと視界に医師の顔があるような状態でいると
「手術」と医師の口から言葉が発せられました。

「悪いのがでたの?」 取り乱したため思わずタメ口で問いかけてしまいました。
すると医師はコクリと頷かれました。

テレビドラマなどでそういった場面を見たことがありますが
わーなんて泣きだすわけでもなく、全然そんなのでなく、
ショックで椅子から転げ落ちそうだったと聞いたこともあるけれど
そういうのとも違って
コクリと頷いた医師を見た私の反応は
「嘘ーーーっっ」と空気が抜けるような声を発しただけでした。
人間ショックが大きいとヘンテコな反応をしてしまうのでしょうか。

ただ、まだよかったなと思うのは空気が抜けるような「嘘ーーっ」であって
「うっそーーーーっ!!」と
「う」と「そ」の間に小さな「っ」を入れて叫ばなかったことでしょうか。
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初めての入院・手術で緊張しましたが
全身麻酔で手術を受け、3泊4日で退院しました。

退院からしばらくして病理の結果を聞きに行き
悪いものではないとのことでした。

悪性でないという病理の結果が出てから
友達に報告するために書いた当時のmixi日記を読んでみると
入院時に大部屋がいっぱいで入れず
特別室にアップグレードだった!とか(笑)
病理の結果ががんでなくてよかった!など
とても喜んで書いていて
友達からのコメントも
よかったね!や来年会ったら乾杯しようなど
皆んな喜んでくれていて
今読み返すとちょっと悲しい。

この乳管内乳頭腫の手術後、フォローアップのため
定期的に超音波検査をしていました。
2008年5月、担当医師から次回は11月にマンモグラフィと超音波検査をしましょうとのことで
11月の検査がパスしたら半年ごとから1年ごとの間隔で
検診していく方向でいいだろうとのことでした。

診察の際、何度か「子供は?」という質問がありました。
子供を産んでいないというのが乳がんのリスクになるからか
40才目前であるし今のうちに産んでおいたほうがいいよということなのか
それとも何か予見していたのか
なぜかは確認していないのでわかりませんが
私の気持ちのなかでは年齢も年齢なので
できれば早く妊娠できたらいいなと思っていて
時には乳腺の検査はちょっと置いておいて
先に妊娠出産するべきではないかと考えたりもしましたが
やはり11月にマンモグラフィの検査をするのでその検査を終え
超音波、マンモグラフィの検査をパスしたら直ちに妊娠して
子供を持とうと決めていました(笑)
2007年春
マンモグラフィの検査で乳房を圧迫した際に
右の乳房から茶色っぽい色の汁が出ました。
自分では気がつかなかったのですが、検査をしてくれる方が
ササッとテッシュペーパーで拭いてくれたので
何かと自分の右乳房を見ると滴になっていました。
ガーーーーーーン いったい・・・・。
検査をしてくれた方は「よくあることだから」なんておっしゃっていたけれど
子供を産んだことがないので母乳を出したこともないのに
母乳出す前に、こんな汁出しちゃってマズイでしょう
絶対よくない事に違いないと
担当の医師に会うまでの1週間落ち込んで過ごしました。

1週間後、それまで担当してくれていた医師が転勤されたので
新しい医師にマンモグラフィの際に汁が出たことを告げると
私の右胸の状態について詳しく説明してくださいました。

それまでの担当医師からは「大丈夫」「なんでもない」と聞かされただけで
どういう状態なのか詳細な説明は聞いていなかったので
自分が乳管内乳頭腫という良性疾患と診断されていて
その経過観察のために半年、1年ごとに
マンモグラフィや超音波検査としているのだと初めて知りました。
ガーーーーン 
前担当医 一時期しこりもなくなったって言ってなかったっけ。

汁の検査をすると
がん細胞はなくよかったのですが
汁が出てしまったり、しこりがあるということが心配なので
手術して取ってしまいたいと医師に話しました。
急ぐ必要はないので手術は5月のゴールデンウィーク明けにすることに決まりました。
私が初めて乳がんというものを意識したのは
今から5、6年前のことでしょうか
きっかけは朝日新聞の記事でした。

それまで乳がんというのもは
ある程度年齢のいった人がなる病だと思っていたので
自分と同年代の方が乳がんにかかり
しかも何度も見逃されてしまったという内容に
驚きと憤りを感じたのを記憶しています。

その記事を読んだ後、
一度も自己検診などしたことがないし
まして乳がん検診へ行ったことなどなかったので
気になり自分の胸を触ってチェックしてみました。

触ってみると「これは何?」というようなものが右胸にいくつかあり
元々心配性なこともあり 
胸のなか全部がしこりのように思えてきてしまい
すぐに病院へ行きました。

外科を受診してその日は乳腺専門の医師がいなかったため
マンモグラフィ、超音波検査をして
翌週、乳腺専門医がいるときに検査結果を聞きにいくと
自分が気になった箇所は問題なかったのですが
違う箇所に数ミリの●←こういうものがあり
針を刺して細胞をとって調べることになりました。
細胞診ではどちらかわからないということで
太い針で組織をとって調べた結果、良性のしこりで心配ないということで
ほっとして、それから半年、年に1度と
マンモグラフィと超音波検査でチェックしてもらっていました。 
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